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お金の使い方 – 日本企業 vs 外国企業

お金の使い方 – 日本企業 vs 外国企業

日本企業と外国企業という分け方は乱暴すぎる。でも、ちょっと単純化してみたいので、乱暴さは許容してほしいところ。

最近、会社の会議室に超大型ディスプレイが導入された。非常に画像が鮮やかで解像度も大きいし、会議室を暗くしなくても画面がよく見える。

もともと会議室には天井据え付けタイプのプロジェクタがあった。今もある。無線も優先も使える。部屋は暗くしないといけないけれど、複数拠点をつなぐTeams会議であれば自分のパソコンを持ち込んでその画面を見ているので、会議室のプロジェクタをずっと見ているわけではないので、特に不具合はない(暗くするのはノートをとる時に少しだけ不具合だけれど、スクリーンに近い照明を消して、自分の手元は暗くする必要はない)。

日本の会社と乱暴な言い方をすれば、日本企業は使えるものがあるうちは、もっときれいなディスプレイがあっても買い替えすることはないだろう。それは、企業のみならず、個人ベースも似たようなものだと思う。もったいない精神に似たようなところだと思う。

再度、乱暴な言い方をすると、外国の会社はお金の使い方がダイナミックというのが私の認識。

どっちが良いとか悪いとかではないが、日本のような感覚だと経済の低成長は仕方ないことなのではないかと思う。失われた30年は、政治家や官僚だけに非があっただけではなくて、日本人の精神として避けられなかったことなんじゃなかと思う。製品寿命を長くし、そうすると新しいテクノロジーを試す機会を逃すことにもなり、買い替えもできないから企業も商売で潤わず、サラリーマン社長は内部留保に必死になる。そんなことではないかと私は思う。良い悪いではなく、単純な「違い」。

30年はあまりにも長かったけれど、いつか、外国が大変なのに日本が潤うような時が来ないとも限らない。全世界でハッピーなのが一番よいのは間違いないが、特殊な日本だけが世界と同調せずに潤う時代が来るかもしれない。日本人の良さも悪さも抱えながら、状況が上向くようにもがきたい。

サンク・コスト

サンク・コスト

住友商事のニッケル関連事業での減損について報じる記事が 5 月初め以後、いつくか目にする機会があった。

参画を決定してから 20 年ほどが経つ事業のようで、累計の損失は 4,000 億円規模に膨らんだということが記事で説明されている。部外者の私には、参画を決めた経緯や、事業に関連する取引や利益でいくら挽回できているのかもわからないし、今後の計画や見通しも判らないので無責任なことはいえないが、自分が関係していた案件に関して以前から思うところとしては、以前から多くの人が指摘するようにサンクコストが選択を誤らせることはあるということ。

それは、実行済みの案件にも言えるが、実行前にもいえる。デューディリで潜在的な問題を発見したときに、それを買収金額やそのほかの契約上の条件でヘッジすることができればそうすればよいが、ついつい、いままで人手とコスト、時間をかけてここまでやってきて、契約上でもヘッジする交渉が不調に終わってしまっても、それを理由に買収交渉から撤退するというのは、理論上は難しくはなくても非常に苦痛を伴う決定だと思う。

また、サンク・コストを扱う問題は、仕事上のみならず私的な生活でもよく起こる話で、結構、公私ともに人生で頻繁に発生する決断案件だと思っている。サンク・コストという言葉は使わなくても、意外と身近な行動ではないかと。私はサンク・コストで損得を考えてしまいがちなので、住商の減損の記事をきっかけに(住商の件はサンク・コストとは関係ないと思うけれど、きっかけとして)、自分自身にリマインドしている。


※ ちなみに、上記を書く際に、サンク・コストってよく考えずに使っているけれど、100% 正しく理解しているか心配になったのでネット検索してみた(理解の一部に誤解が含まれていることが私の場合に多いので)。すると、サンク・コストとコンコルド効果という用語にヒットして、ほぼ同義だと説明しているサイトがある一方で、異なると解説するサイトもあった。どう違うのか何度も説明を読んだのだが、どうしても解説文で違いが判らなかった。これもよくある話なのだが、ほんとうに読解力が落ちたというか理解しようとして文章を読むことに困難を伴く機会が増えた。