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タグ: 自己流

先を走るより追い抜かす方が易しい

先を走るより追い抜かす方が易しい

仕事での話。

先輩が築いてきた売買取引を更に大きくしたり広げたりするのを私はうまくできないようで、新しい仕事が私に割り当てられることが多かった。例えば、既存の売買取引に付加価値をつけようとして、事業投資を検討する時にメンバーに呼ばれたりするようなこと。

私は「気にしぃ」なので、前任者が存在する仕事をやる時は、たえず前任者のやり方や成果を気にしてしまう。しかし、新規の事業投資案件のようにゼロから始められる仕事に対して、私は邪念を捨てて非常に前向きに取り組むことができる。ほかの社員よりは、その分野の知識が多少先行していたこともあるので、自分のやり方で進めることができるのも前向きになれる要因。

ただ、知識や経験が先行していたのも昔の話。今はノウハウ的なものなど実地でなくても事前に学べる環境があるので、効率よく最新の情報に触れる機会があるため、あっという間に抜かされる。私には経験がある、ということが常に私に気持ちの中にあるのだけれど、それは第三者からの目には見えないし、実際のケースがあって初めて引き出しの中から色々と出せるもの。携帯電話が進化してきて今スマホを使っている日本人の私を、以前は携帯がなかった国の人がいきなり最新機種を使って私を一気に抜き去っていくのと同じような感じ。最新のものを労せず手に入れることができる効率の良さが一気抜きを可能にしている。

逆手にとって私が一気抜きできる分野もあるはず。実際のところ、一気抜きまでは考えていないけれど、周囲の人のレベルに並ぶ・追いつくくらいのことはしたいと思う事柄もある。果たして、一夜漬けがどれだけ私の中に浸透するか判らないけれど、現代では判らなければ都度調べるということでもいいのなかあと思ったりもする。調べたものを記録して、それを効率よく引き出すことができるデバイスもある。

と、前向きなことを書いてみたけど、やっぱり経験値は貴重なものだと思うのだけれど。
それが時代遅れなのかな。
結果でも見るし、プロセスでも見たいし。両立したほうがよいものができると思っている。

自己流の方が得たものは定着しやすい

自己流の方が得たものは定着しやすい

少し前の日経新聞の記事に、「「自己流落ちる」就活不安あおる情報商材、焦る学生狙う」というのがあった。就活に限らず、うまく行っていない時には何かに頼ってみたり、うまくいってそうな人が紹介する方法やモノに飛びついてみたりしがちではある。

そこにつけ込んで詐欺的な方法で金儲けするのは許せない。のだが、この記事で私の目がいったのは自己流という言葉だった。これまで、私は自己流で物事と向き合うことが多かったような気がする。それは、前任者のいない仕事をする機会が多かったので、どうしても自己流でやらざるを得ない場合が多かったからだと思う。しかし、実のところ、そのような状況になる前から、もともと私は自己流が好きだったのだとも思う。なぜなら、スポーツをやる時も自己流が多いから。スポーツは、参考にしてもよい実例がたくさんの種類あるから、自己流でやらずに一番よさそうなものを選択して見習えばよいはずだから。それなのに、自己流でやり方やそのやり方にたどり着く方法を探ろうとする。

自己流は時間がかかる。トライ・アンド・エラーを延々と続けながら最適解を探す作業になることが高い頻度で起こりえるから。だけれど、自己流で身につけたことや得たことは、定着加減が非常に高いことも多い。しばらくそれに関わることから離れていると、一見、自己流で得たことも忘れてしまったように感じるが、何かのワードなどをきっかけに記憶の引出しがガガーっと開く。最後にそれを言ってから20年たっていても、きっかけがあれが淀みなくスラスラ言うことができたりする。

いろいろあるが、私には自己流にこだわりがある。