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タグ: 衆院選

フォーマット化:うまく使う分にはよいが

フォーマット化:うまく使う分にはよいが

フォーマット化してできることは省力化・省人化・迅速化などなど、決まりきった何かを遂行する場合には良い面が多いと思う。一方、臨機応変に対応しなければならない状況には使えない。行動に関する場面では、「マニュアル化」と言い換えてもよいと思う。思考をアウトプットしたりする場合は、「フォーマット化」がふさわしい表現だと思う。

今月に実施された衆議院選挙後の動きを見ると、フォーマット化のよくない面を見ているような気がする。一番大きな例としては、中道改革連合の代表交代というのが私の意見。議席数を減らした二人の共同代表が引責辞任をし、さっそく、新代表が選出された。政治の分野に限らず、何か不祥事などが起きた直後に引責辞任はよくある話であり、また、辞任しない場合にはそのトップに対してマスコミや芸能人、政治家・経済人、世論などからの辞任を求める声が大きくなったりする。まれに、問題に対処するため辞任しません、というトップもいるけれど、保身だとかなんだとかで批判の矢面に立たされる。

多くの人に引責辞任がフォーマット化されていると思う。しかし、今回の中道をみていると、党内を落ち着かせてから新代表を選出した方がよかったのではないかと私は思う。特別国会の召集までに新体制にしたかっただろうし(首班指名に野田もしくは斎藤共同代表の名前を書くことはできないだろう)、共同代表自身が辞任を言ってしまったし(取材マスコミは辞任の言質をとるまで身の振り方を聞き続けただろう)、前代表自身としても辞任した方が楽だということも考えただろう。

しかし、今回の中道のようなケースでは、真摯に敗因を分析し、最終決定は新体制確定後だとしても、党内に将来の安心感をあたえるような方向性の案を打ち出したりして、悪い膿は自分たちがいる間に出し切り、新代表選出後は前向きな議論に集中できるような体制を作ってから辞任すべきだったと思う。それには、党員やマスコミもむやみに辞任させようとするのはどうかと思う。

フォーマット化が負の働きをする例だったと思う。決まりきったことを遂行するにはよいが、答えを見つける行動の場合には、思考停止につながるフォーマット化はうまく機能しないと感じさせる事象だ。

選挙まで時間がなかった

選挙まで時間がなかった

私は、投票以外には選挙に関わったことはない。主旨としては、候補者になったことはないし、特定の候補者を支えるボランティアのような形で選択される側として関与したことがないということ。

だから、解散や公示日から投票日までに何が候補者陣営で行われているか私は知らない。よって、解散から投票までの期間が長い・短いがどれくらい開票結果に影響を及ぼしえるかもしらない。

落選した候補者が、時間が足りなかったのが敗因だと言っているのをよく聞く。2026年2月の衆院選でもそう。今回の選挙では、実際に解散から投票までの期間が短かったようだけれど、常日頃、自身の信条や政策を発信したり有権者に働きかけていれば、いざ選挙となればその総仕上げをするだけなのではないかと思う。選挙期間は公示から投票日の間だけではないと思う。

そんなことは有権者も候補者も判ってはいるけれど、候補者としては何が問題か判っていないから判りやすい話にすり替えていたり、敗因を判っていながらそれを認めたくないから選挙期間が短いといった他責にしたりしているのだろう。

組織はリーダーの器量以上には伸びないということを聞いたことがあるが、候補者は有権者の器量以上のものを持てないとすれば、わたしたち有権者がもっとしっかりしてゆかないと。

衆議院選挙の結果

衆議院選挙の結果

今回の選挙結果を受けて、政権交代が可能なしっかりした野党誕生のきっかけになってほしいと考えている。時間はかかるかもしれない。しかし、今までの野党ではなくて、日本のことを考え、日本にとってよいと思われる政策を考えて実行する能力をもつ党が野党として期待されていることを今回の結果が表しているのではないだろうか。

考え方が党内である程度ばらけていそうな自民党が割れ、政権運営の経験値ある議員で構成される野党を作ったりするのがよいのではないかと思ったりする。

失われた XX年の原因を政治だという人もいるけれど、私は日本人の性質によるものの方がもっと大きいと思っている。それは、日本人の個人個人はもちろん、個人があつまる日本企業の考え方や姿勢などの影響が大きいと思っている(過剰な内部留保や労働条件、イノベーション、大手企業のサラリーマン経営者が守りたいもの、文句を言うが選挙にいかないとか)。私は政治と金の問題には甘い方だとの自覚があってあまり献金を規制する必要はないとの考えにあるのだけれど、しかし、献金をする企業に寄り添い、その意見を聞きすぎることで国や国民のためになっていないことが多いように思う。失われたXX年をつくったのは、多かれ少なかれ日本人全員がそれに関わってきたと思っている。

今回の選挙結果で、何かがよい方向へ変わってゆくことを期待している。時間はかかるだろうけれど、ああ、あの時に潮目が変わったのかもと思える日がくるのが楽しみ。

在外選挙登録者の投票率

在外選挙登録者の投票率

先日に、大使館で衆院選の在外投票を行った。

ふと、在外選挙登録をしている人の投票率がどれくらいか気になっためネット検索をすると、2024年の衆院選のデータでは、95千人の在外選挙登録者数に対して約 18%ほどの投票率だったようだ(選挙区・比例ともに 18%台)。

これは、在外選挙登録している人に対する比率なので、実態としはどうなのだろうか。外務省が開示している「海外在留邦人数調査統計」2025年10月1日現在版によれば、2025年の総数が約 13百万人で、うち長期滞在者が 709千人、永住者が 588千人とのこと。永住者は日本国民ではないので選挙権はないと思うので、永住者 588 千人を分母にして、うち、日本国内の人口に占める有権者の割合(約80%)が海外にも適用されるとして、在外有権者数は 470千人と試算。そこから 2024年の投票者数から計算すると 在外日本人有権者の投票率が 3-4% の間と試算できる。精度は不明ながら、かなり低いことが想像できる。

私も何時間も車を運転して大使館へ行くが、もっと遠くに住んでいる人もいるだろうから、物理的に難しいケースもあろう。また、投票期間は参院選であれば週末が二度あるが、衆院選は一度の週末しかないため、何時間かで行ける私ですらチャンスは限られる。

セキュリティの問題もあるだろうが、ネット投票ができる時代になるとよいなあと思う。

ネット投票が可能になる暁には、投票を義務に課すのも検討してみるのもよいのではないかと思う。私の同僚の出身国ですでに義務化している国がある。検討くらいしてみてはどうだろうか。

最後に、在外投票でいつもなんだかなあと思うのは、投票用紙を自身の名前を記載した封筒に入れて投票するのがいつも気になる。開封する人がたまたま私の知り合いだったりするのが嫌だなあといつも投票所で感じている。


自民党 総裁選

自民党 総裁選

私は自民党員ではないので投票する権利はないけれど、日本の有権者としては総裁選の行方が非常に気になる。今回選ばれる総裁が誰になるかによって、次の衆院選で自民が与党で居続けるのか野党となるのかが左右される可能性は少なからずあると思う。さらにいえば、政党の再編や今後の政治体制が変わる可能性すらあるかもしれないと思う(素人です)。

次の自民党総裁と、その総裁に率いられる自民党をみて、次の選挙こそはいつも以上に有権者も各自が考えぬいて議決権を行使することが求められているだろう。変わるのは少し怖いけれど、国としてきちんとした方向へ向かってゆくことになるのであれば、変わってもよいと思う。若い人たちに比べると、変わることで受けるかもしれない困難も恩恵も、年齢的にはあまり長くは経験できないと思うけれど。