可能性は言及無用、惑わせるだけ

可能性は言及無用、惑わせるだけ

ぎりぎりまで予定が確定しないことはよくある。私の場合では、プライベートの予定よりも業務上の場合の方がその頻度は高い。相手側の都合でそうなるケースと、自社(自分)の理由でその選択をする場合とがある。

こちら側の当事者が自分のみの場合は、予定が決まらないことに何ら感情はない。自分も予定を決められないことがあるから、相手が決められないのは理解できる。しかし、自分側、たとえば自社に訪問者を迎える場合で、自分が先方とのアポ取りをする時において予定がなかなか決まらない場合には、「こんな可能性と代替案でこんなのがあるかもしれないけれどまだ未定」という言い方をしてしまうことがある。よかれと思ってやってしまう。日本だとこれで不満ができることは割とないと私は思っている。しかし、これは、海外ではやらない方がよいリストに入っていると私は感じている。状況や業務上の役割や立場によって違うかもしれないが、外国の人は、確定したものだけ言ってくれればそれでよい、途中経過はどうでもよい、という人が多いような気がしている。あるいは、可能性なのにそれを確定情報のように扱って、段取りを決めていってしまう人もいる(予定が別の選択肢で確定することで、進めていた段取りのやり直しになって逆恨みされることもある)。

可能性は言及無用、これが私が外国で思うこと(相手の性格や考え方を知ったうえで相手に合わせる場合はあるけれど)。

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