人生の機微が判らない

人生の機微が判らない

最近、学生スポーツ部員が書類送検された事例を伝える報道がいくつか続いている。送検された本人が実際どうだったか知る由もないが、ネット・ニュースの下についているコメント欄を見ると、運動しかしてこなかったからとかスポーツさえできればよいという価値観でやってきたのでモラルがないといった書き込みが散見された。それはあくまで書き込む人の先入観や決めつけではあるけれど、自分のこととを振り返ってみて、一点集中の弊害はあるなあと再確認した(ちなみに、私は犯罪はしていない)。

たまたま私の高校生活はスポーツだったのだけれど、何もスポーツが悪いと言うつもりはない。ただ、平日は練習で朝早く家をでて夜遅く帰宅、土曜半ドン時代を高校生として過ごした私は土曜午後と日曜は試合と、ほぼテレビを観る時間も本を読む時間もなく毎日を送り、部活引退後はほぼ受験勉強のみに時間を使った。

大学時代には自分の裁量でつかえる時間がたくさんあったけれど、授業とバイト、クラブ活動、学食での友人との語らいに忙しかった。

就職すると、昔のモーレツ社員的な働き方なので、流行りのドラマを観ることはなく、また、本(文学)を読むこともなく、ひたらす仕事と仕事に関係する知識吸収に励んでいたなあ。

私は、自分自身が一般常識に欠けた部分があることを認識する時が結構ある。また、人と会話するときに駆使すべき建前も使えない。おべっかも言えない。それは、持って生まれた性格によるところと、そのように鍛えられずにきたからという面の両方があると思う。新卒入社してから殆どの時間を、営業部内ではあるものの本体のメンバーとはほぼ交わらない新規ミッションを追求する小さなチームで働いてきた。だから、調子のいいことを言うことを求められる機会もあまりなく、その必要性を教えてくれる人も周りにいなかった(教えて欲しかった😢)。これが現実世界。

フィクションの世界からいうと、映画やドラマを観ず、小説も読まずで来てしまった。最近になってドラマを観る機会が出てきたのだけれど、ああ、たしかに映画・ドラマ・小説から学べる人生の機微ってもしかしたらあるのかなあ、それが私にかけてたのかなあ、と思うことがある。情操教育というか。

スポーツ一直線が犯罪に直接結びつくわけではないし、もともとの話ともちょっと変わってしまったけれど、私のなかに足りないものがあるというのは自覚している。今からでも間に合うだろうか。

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