常夏なので、いま8月であることを忘れてしまう
8月になると、第二次世界大戦や日航機事故を取り上げるニュースを目にする機会が増える。
日本にいたときは、ニュースになっていようがなかろうが、夏が来ると戦争について考える機会がそれ以外の時期よりも増える。季節が出来事を思い出させるという感じ。まさに、「夏が来れば 思い出す はるかな尾瀬 遠い空」という歌そのものだ。
一方、現在居住している東南アジアは常夏ということもあって、意識しないと今、何月なのかが判らない状況になったりする。何月かの意識が薄くなる、もしくは持てなくなると、日本であれば想起されることがある記憶が出てこないことがある。
必要のない記憶であれば、わざわざ引出の奥から取り出す必要はないといえばそうなのかもしれないが、ふとしたことで思い出す、直接に日々の生活に関連のない事側は意味のない事ではないような気もしている。そこから記憶が展開していって何かの記憶がよみがえることもあるだろうし、脳トレーニングになるかもしれないし、そこで思い出すということがもしかしたら虫の知らせ的に何か意味をもたらす可能性もあるかもしれない(私はオカルト系ではないけれど)。
生まれてからずっと常夏の土地で暮らしている人は、どうやって季節的イベントを記憶しているのだろう。